過疎地域である田舎で元旦に高齢化問題を改めて考えらされる
年末に久しぶりに帰省することができた。
正月に帰省するのは、16年ぶりであり心底 ゆっくりできたのは20年ぶりだ。
生憎、帰省した年末31日はフェリーに乗る頃はみぞれまじりの雪が降ったり、白水港に到着する頃には雲の合間からお日様が顔をだしたりと短時間で天候がかわり不安定だった。![]()
幸いにも元旦にはお天気は曇り空ではあったが念願の初日の出を神の峰でおがめることができた。
また翌日には晴天になり滞在期間中は静かな正月をおくることができた。
限られた時間の中、町の風景を久しぶりに見てみようとカメラをもって散歩に出かけることにした。
旧木江町は全長3.5キロと小さな町で、30分もあれば町の半分以上は周れてしまう。
しかし、一旦 町の中心地を歩いてみると、表札のかかっていない無人の家やシャッターをつらなって下ろしている商店街をあちこちでみることができる。
また、天上が抜けてしまい崩壊した家屋もある。
後から教えてもらったことなのだが、木造建築は窓を開けることにより外気を循環させることで湿気を抜くシステムになっているそうだ。
そのため人が定期的に換気をしてあげると寿命がぐんと延びるそうだ。
しかし一旦無人化すると・・・・・・
崩壊までの過程は、最初に数箇所屋根に穴があきそこから雨と湿気が室内に進入してくる。
高温多湿をくり返すことによりカビなどが原因で柱が腐りやがて家全体の荷重に持ちこたえられなくなる。
最後は、屋根ごと天上の真ん中から抜けおち家が陥没した状態となる。
日本の木造建築は人間と同じ生き物なのだ。
人が住んでいないと家も存続できない。
夕方が近づき日が暮れるころになると街灯がともりだす。
以前は、夕方ともなると家々から明かりがもれるのが当たり前だったが、今では、ところどころにしか明かりがもれていない。真っ暗に近い。
完全に無人化した家が点在し増えてくるとさながらゴーストタウンの様相を呈してくる。
路地裏を歩いていると以前そこに住んでいた人の顔や思い出が頭によぎる。
この町に観光で訪れた人は、カメラで色々な角度で町中を撮影されるのだが、最後まで私には、それができなかった。
それができれば、私の拙い文章を読んで頂いても多少はイメージがわいていただきやすいと思う。
しかし、それがどうしてもできない。
ある家などは、門構えの古い立派な屋敷で、表札は以前のままだが、門は無用心にも開けられたままの状態だった。
まるで訪問者を待っているようで「どうぞおはいりなさい」といわれているような感じだ。
またある商店では、商品の陳列は昔のままにしているのだが、ガラスケースは正月にも係わらず砂埃のついたまま薄汚れている。
人がいる気配がまったく感じれない。
今では過疎地域となった多くの無人の家々の管理は都会で考えれば用心がよろしくないと思われるが、逆にこんな田舎でそういった場所にわざわざ踏み入める度胸はなかなかわかないだろう。
今では建築基準法に抵触するため他の場所ではめったにお目にかかることのできない木造建築物も現存はしているが、この中には住人のいないものも含まれている。
しかしどういった経緯で家は無人となったのだろうか?
高齢化の意味するもの
町内を一周して自宅に戻って親にさっそく無人になった家の原因を聞いてみた。
広島県の平均寿命は、男性が79.06歳で全国13位、女性が86.27歳で全国10位となっている。
大崎上島の平均年齢は、手元に詳しい資料がないので返答に困るが、年齢は70代〜80代の人がほとんどである。
高齢者がほとんどで何らかの健康に障害をもち通院している人がほとんどだ。
住人のいなくなった家のほとんどが、高齢化による病気等による原因で亡くなられ放置されたものだ。
夫婦の場合はどちらかが亡くなられると一人では心もとないため子供が引き取り面倒をみる、そのため家をおいて出るケースも多い。
一方で一人暮らしでも島に住む人も実際は多い。
全島の詳細なデーターは手元にないのだが、同一区域では47世帯中12世帯が一人暮らしの高齢者となっているそうだ。
この島は2005年現在では、55歳以上の人口に占める割合が56%と既に準限界集落の基準に達している。
したがって医療環境も良くない。
しかしそうであったとしても、幼いときから長年にわたり深く住みなれた場所であり人や地域に愛着をもち住民同士が相互扶助、助け合いの精神をもっているため、最後を迎えるのならここしかないというこだわりを持った人も多く存在する。
確かに都市部と違い孤独な死を迎えるニュースは、幸いかもしれないがここでは聞いたことがない。
それでも、限りなく寿命に近づいていくのは間違いない。
更年期障害、ボケの発生、癌 衰弱など、病魔はいずれ訪れるものだ。
年末年始を前後して田舎に滞在していた3日間で、町内放送をながすラジオからは毎日お悔やみの放送が途切れることはなかった。
一年平均で180人前後は、亡くなられるのだ。
当然、一人暮らしの老人も含まれる。
そうなってくると、無人の家はますます増えてくる。
私の場合もまったく同じであり将来の悩みは深い。
経済面で妥協点を見つけ出すことは難しいことだ。
過疎化は、自然減による人口減少以外にも、交通需要が減るため島外からのアクセスの悪化原因にもなる。
大崎上島に利用価値を見出すことができなければ、島外からの交流人口も増えることもなく、そのままいけばいずれは限界集落が近づいてくる。
合併に活路を見出したお隣の下島からは残念ながらあまりいい話は聞えてこない。
NPOなども島の農地利用を活性化して活路を見出そうとしているみたいだ。
生産者のいなくなった遊休地を農地として使える状態でいられるのは、一年もないだろう。
雑草が生え茂りあっという間にジャングルになってしまう。
まったく知らなかったのだが、遊休地利用ということで活用していただくことになっていた。
その関係で正月にMJさんが挨拶にこられた。
大三島の帰りによられたとのことで、やはり田舎だから世間が狭い。
農業組合法人も設立されたそうだ。
やはりここに必要なのは、成功者の前例だと思う。
柑橘類は、大崎上島の製品は市場の評価が高く実際話題になることも多いのだ。
独立したブランドとして、本物志向の市場で成功をお祈りしたい。
人口規模では比較にならないぐらい大きい淡路島さえもADSLしかないにも係わらず、国策でひかれた光ファイバーの活用が謳われ6年が経過しながら未だに使用目的が見えてこない。
ハードではなく使うソフト側に問題があるとしか思えない。
取り組まなければいけないことは沢山ある。
こういった問題の先送りは、大崎上島の将来の存続に係わってくると思う。
2008年現在 大崎上島は幸か不幸か独立したまま大崎上島町としてなりたっている。
将来 他の自治体に吸収されたとしても満足いく予算がおりてくるとは思えない。
大崎上島は日本社会の10年先をいっている。
少子高齢化社会の先駆者として成功例を収め全国に上島モデルとしてとりあげらることだって可能なのだ。
今一度 奮起を期待したい。